糖尿病と歯科治療~歯周病でなぜ糖尿病が増える?~
糖尿病と歯周病には密接な関係があると言われる時代になりました。当院では歯科クリニックと隣接していることもあり、糖尿病と歯周病を医科の観点からお話します。
歯周病には、大きく分けて三つの危険因子があります。
- 細菌(感染症のもと)
- 本体のコンディション(歯周病を起こしやすくする体の状態)
- 環境(歯周病が起きやすくなる口腔内環境)
それぞれについて、見ていきましょう。
1.細菌
歯周病は慢性感染症です。感染を引き起こしているのは、歯と歯や歯ぐきの間に住んでいる細菌です。その細菌の塊を「プラーク」と言います。
プラークに接している歯肉は様々な刺激を受けて炎症が起こり、歯周組織を徐々にむしばんでしまいます。歯周病の起こりやすさは、プラークに住んでいる細菌の量と種類に大きく左右されています。最近の報告では、歯周病を特に起こしやすくする細菌の種類が特定されつつあります。
2.本体のコンディション
ヒトの体には、細菌やウイルスに対し、「感染防御機構」(異物と戦う防御反応)が備わっています。それゆえに細菌が住みついたとしても、すぐに歯周病になるわけではありません。
しかし、細菌に対する体の抵抗力が弱くなっていたり、口の中が細菌の活動をアシストする状態になっていたり、歯周組織が破壊されやすい状態にあると、わずかな細菌の攻撃を防ぎ切れず、歯周病が発病・進行してしまいます。
このような、状況を本体のコンディションとします。具体的には、加齢、糖尿病をはじめとする基礎疾患の有無(骨粗鬆症、肥満なども含みます)、遺伝的なこと、噛み合わせや歯並びが良くないことなどがあてはまります。
3.環境
歯周病は生活習慣病です。生活習慣病とは、ある程度の遺伝的な素因を背景に、生活習慣の影響が加わって発病する病気のことです。高血圧や脂質異常症、糖尿病などが代表格です。
歯周病を起こしやすくする生活習慣として、喫煙や精神的なストレス、飲酒などがあります。また、糖質の多い食べ物や、やわらかい食べ物を好んで食べたり、間食回数が多いといった食習慣は、プラークをできやすくして歯周病の原因となると考えられています。
1~3の三つの危険因子はそれぞれが個別に歯周病を進行させます。しかし、困ったことに三つがチームを組んで、互いの影響を強めるように作用することがあります。
では、なぜ糖尿病で歯周病が増えるのでしょう。先ほど述べた1~3の観点からみてみましょう。
糖尿病は血糖値が高くなる病気です。高血糖は口腔内に様々な影響を及ぼします。
その1:口の中が乾燥する
高血糖状態では、浸透圧の関係で尿がたくさん出ます。その結果、体内の水分が減少するとともに唾液の分泌量が減り、口渇(喉や口の渇き)という症状が現れます。
唾液には食べ物を消化する働きの他に、口の中を浄化したり組織を修復する働きもあり、歯周病を防ぐように作用しています。
高血糖のために口の中が乾燥している場合、その作用が低下していて、歯周病の原因菌が繁殖しやすく、歯周病が進行しやすい環境になっていると考えられます。
- 1.細菌と2.本体のコンディション
その2:唾液の糖分濃度が上がる
口の中は唾液や歯肉からの滲出液で常に潤っています。これらの液体は、もともとは血液から作られるものです。ですから高血糖下では、唾液や滲出液の糖分の濃度が高くなります。
- 1.細菌
その3:細菌に対する抵抗力低下
高血糖状態では、感染防御機構が十分に機能しなくなっています。そのために様々な感染症にかかりやすくなり、感染症である歯周病も当然、起こりやすくなります。
- 2.本体のコンディション
その4:組織の修復能力低下
プラークが形成された歯周組織では、細菌による組織の破壊と、なんとか修復しようとする働きが戦っています。
高血糖(または低血糖)状態では、組織を修復する働きが低下することがわかっています。糖尿病で歯周病の進行が早くなることには、このことが影響していると考えられます。
- 2.本体のコンディション
その5:たんぱく質の代謝変化
糖尿病は糖代謝に異常が起きる病気ですが、たんぱく質の代謝も変化します。その影響は、歯周組織内のコラーゲンの減少や性質の変化となって現れ、歯周組織の弾力性が失われ、破壊された組織の修復力も弱くなります。
さらに高血糖状態では、過剰なブドウ糖がたんぱく質と結び付いて AGE――advanced glycated endproduct.
最終糖化産物という物質が作られます。歯肉組織に AGE が蓄積すると、そこに炎症を起こしたり、組織を傷つけ、歯周病の発病・進行を招きます。
- 2.本体のコンディション
その6:脂質の代謝変化
糖尿病では、脂質の代謝も変化します。そのために脂質異常症、特に、中性脂肪や LDL-コレステロール(悪玉コレステロール)の増加をしばしば併発します。
最近の研究の中には、脂質異常症が歯周病の危険因子である可能性を示すものもあり、両者を併発した場合の悪影響は無視できません。
- 2.本体のコンディション
その7:肥満の影響
肥満とは、余分なエネルギーが脂肪となって、体に蓄積した状態のことです。従来、体の脂肪は単にエネルギーを貯蔵するだけの存在だと考えられていたのですが、近年、脂肪細胞では様々な作用をもった物質が作られていることがわかってきました。それらのうちのいくつかは、組織に炎症を起こすように作用します。
歯周病は細菌感染によって歯周組織に慢性の炎症が起きる病気です。肥満のために脂肪組織から分泌され続ける炎症物質は、歯周組織にも影響を与えて歯周病の危険を高めることがわかっています。2型糖尿病の患者さんの7割前後は、現在肥満の状態であるか、過去に肥満であった時期があるといわれています。
- 2.本体のコンディション
その8:合併症の影響
糖尿病の罹病期間が長くなると、全身の血管に障害が起き、それが様々な合併症の主原因となります。特に、血管径の小さい細小血管にその影響が現れやすく、末梢組織の(歯周も末梢)血流量低下から感染を長引かせたり、組織の修復を妨げたりします。
また、糖尿病の合併症で、骨量が減少すること(骨粗鬆症)があります。(糖尿病と骨粗鬆症については後日、記事にしようと思います。)
歯周組織の炎症が続き、歯槽骨が減少する病気である歯周病に、その影響が及ぶ可能性は、十分考えられます。
- 2.本体のコンディション
その9:糖尿病は生活習慣病、歯周病も生活習慣病
糖尿病と歯周病は生活習慣病です。糖尿病を起こしやすくする生活習慣とは、運動不足、食べ過ぎや飲み過ぎ(特に、糖質のとり過ぎ)、精神的なストレスなどがあげられます。このうち糖質の多い食事や精神的ストレスは、歯周病を起こしやすくする生活習慣でもあります。
加えて、糖尿病の合併症を起こしやすくする生活習慣として、喫煙があげられます。喫煙は歯周病の明らかなリスクファクターです。
- 3.環境への影響
では、歯周病で血糖値が上がる理由を考えてみましょう。現在は以下のような点が考えられています。
★細菌感染により、インスリン抵抗性が上がる
歯周病は感染症です。感染症というと、通常、かぜやインフルエンザ、肺炎などのような、原因の細菌やウイルスが駆逐されるまでの一時的な病気、治療を受ければ完治する病気だと思われるかもしれません。しかし、歯周病がこれらの感染症と違うのは、慢性感染症だということです。
治療を継続していないと、歯周組織に住んでいる細菌の活動を封じ込めることができません。ときには、歯肉の毛細血管から血液中に細菌が入り込み、菌血症を起こすこともあります。
出血や膿を出しているような歯周ポケットからは、炎症に関連した化学物質(サイトカイン)が血管を経由して体中に放出されています。中等度以上の歯周ポケットが口の中全体にある場合、そのポケット表面積の合計は手のひらと同じ程度と考えられています。歯周ポケットの中身は外からはなかなか見えませんが、手のひらサイズの出血や膿が治療なしで放置されていると考えると、からだ全体からも無視できない問題であることが理解できるのではないでしょうか。
細菌やウイルスに対抗しようとした結果、サイトカインは、インスリン(血糖値を下げるホルモン)の働きを阻害して「インスリン抵抗性」という状態を生じさせます。
当然、血糖値はいつもより上昇してきます。健康な人ならすぐに膵臓からインスリンが分泌されて血糖値が高くなり過ぎることはありませんが、糖尿病の人では血糖コントロールが乱れる大きな原因となります。
慢性感染症である歯周病を放置すると、体は常にインスリン抵抗性の状態になっていると考えられます。
★★歯周病で歯を失うと・・・
歯周病が進行して、歯がぐらついたり歯を失うと、固いものが食べられず、普段の食事がやわらかい食べ物中心になったり、よく噛まずに飲み込んでしまうようになります。やわらかい食べ物はプラークを蓄積しやすく、歯周病により悪影響を及ぼします。さらに、このような食事のとり方は、食後に血糖値が急激に上昇する「食後高血糖」を起こしやすくすると考えられます。以上のように、糖尿病と歯周病は相互に悪影響を及ぼし合います。
しかし、だからといって、「糖尿病のうえに歯周病の心配までしなければいけないなんて…」と、がっかりする必要はありません。糖尿病が歯周病に及ぼす悪影響の多くは、血糖値が高いこと、血糖コントロールが悪いことを介するものです。つまり、糖尿病があってもしっかりと血糖コントロールをしていれば、歯周病の起こりやすさは、糖尿病でない人とあまり差はないと考えられます。
しかしながら、歯周病を徹底的に治療することで、血糖コントロールが改善された!!という報告がよく見られるようになってきました。ここでの「歯周病の治療」とは、患者さん自身のブラッシングによるプラークコントロールをしっかり行い、歯科医院で炎症の原因となっている歯石を確実に取り除く(スケーリング)ことです。
そうすることで歯肉の炎症をコントロールできればインスリン抵抗性が改善し、血糖コントロールも改善するということが、日本での研究を含めた多くの臨床研究で報告されています。
一方で、全ての症例で血糖値の低下が生じないことも明らかになっており、どのような糖尿病患者さんで血糖値が下がりやすいのかを調査した今後の研究成果が待たれています。
糖尿病と歯周病を同時にきちんと治療していけば、必ず双方に良い影響を与え合うことは間違いありません。
歯を失わないということは、生活の質を直接低下させないだけでなく、生活習慣病や認知症などの予防や管理にも深く影響してきていることが明らかになってきています。
歯周病コントロールのためには、歯科医院での予防的なケアや専門的なアドバイスを受けるのが有効です。定期的なブラッシング指導を受け、自己流の間違ったブラッシングを続けないことにもつながります。かかりつけの歯科医院をつくり、年に1、2回のチェックとクリーニングを行うことが、歯周病と糖尿病の管理という観点からだけでなく、将来の生活にもつながると考えています。
一方で、受診した結果、治療が必要になることもあります。その際に、もし血糖コントロールが悪かったら、治療効果が出にくかったり、治療をすぐに行えなかったりする場合もあります。治療を進めてよいか、歯科医だけでは判断できない場合には、糖尿病の主治医(主に内科医)に確認をする場合もあります。
糖尿病をお持ちの方は、まずご自身が糖尿病をお持ちであること、薬の治療を行なっていることなどを歯科医に伝えてください。
また、歯科治療後、治療に伴う痛みなどで食事がとれないこともあると思います。
糖尿病の薬の治療を行っている方で食事がとれない場合には、低血糖を誘発することもあり、お薬の調整が必要になることもあります。お薬の調整方法を相談するためにも、歯科治療を予定しているときには糖尿病を診ている医師にも伝えるようにしましょう。
そういった点では、当院は歯科と隣接していることもあり、糖尿病をお持ちの方にも安心であると考えています。糖尿病の方で歯科にかかりたい、歯科通院中で糖尿病を診てほしい、どちらもご相談ください。
医科―歯科連携でフォローすることをお約束します。
参考文献
- Lalla E et al Diabetes mellitus and periodontitis: a tale of two common interrelated diseases. Nat Rev Endocrinol 7: 738-748, 2011
- Simpson TC et al Treatment of periodontal disease for glycaemic control in people with diabetes. Cochrane Database Syst Rev: CD004714, 2010